別に引越し前夜に書くような内容ではありませんが、この年齢の、この時に考えていることを記録として残す意味で、ちょっくら書いてみようと思います。
今年は家族を二人亡くしました。
私の家族は母と祖母とその祖母の妹(通称まっちゃん)がおります。
父は私が幼い頃に他界しました。
父が死んだのは私が3歳のときのクリスマスです。ケーキを食べている途中に「目の奥が痛い」といって、そのまま病院に運ばれ、帰らぬ人となったそうです。父の死因はくも膜下出血でした。
私は家庭用の小さなジャングルジムの上で「お父さん頑張れ」と応援し続けていたと聞いた事があります。(まったく覚えていません)
中学生くらいに、その話を誰かに聞いて、死ぬことがとても怖かった時期があった気がします。
今、この場で死ぬかも知れないと急に不安になることがあったりもしました。
特に目の奥に痛みを感じたときなどは、一人で怯えていたりもしました。
基本的にヘたれですので。
高校生になってからは、その恐怖も感じなくなりました。(慣れたのか?)
そんなこんなで、私のこれまでの人生には他の人より少し身近に死があったような気がします。
だからこそ、自分の死もそれほど受け入れられないものではなく、また非現実的なものでもなく感じられるのだろうと思います。
・・・で、2年くらい前の正月にまっちゃんが倒れました。これも脳梗塞です。
一命は取り留めましたが、私の親戚一同はまっちゃんに対して冷たかったような気がします。
もともとまっちゃんは聾唖ですので、通常の介護にも手間がかかることが多く、迷惑だったのでしょう。親戚一同は、実家の外にある小屋を改装し、そこにまっちゃんを住まわせるようにしました。
実家に車椅子の障害者がいると迷惑だからです。
僕はそれに対して憤りを感じ続けていました。また僕は、警告を発していました。
きっと同じことが祖母にも起こる、と。
親戚一同は耳を貸しませんでした。私たちの母に限ってそんなことは無いといって、何も受け入れませんでした。考えることが嫌だったのでしょう。
しかし、案の定それは起こりました。
まったく想定していなかった親戚たちは慌てふためき、軽いパニック状態に陥っておりました。
ちなみにまっちゃんは小屋に押し込められましたが、祖母は実家を改装し、そこに住んでいました。
そこからは大変でした。自分の母親が弱っていく様を見せ付けられ、混乱する親戚。
母は祖母とまっちゃんの二人の介護をしていました。(親戚一同が手を貸してくれた記憶はあまりありません。独り善がりの勝手な世話や介護用品のプレゼントのみです。)
介護はリハビリとは違います。良くなることはありません。
ただただ生きることのみを継続させる行為です。当然お金もかかります。労力もかかります。
では、なぜ介護をするのか。
考えることではないのかも知れません。
私は介護はお墓参りへの助走だと思っています。
介護の主役は介護をする人、介護をする家族であって、介護される人ではありません。
大切なのは何を思って介護をするかです。
今回のケースでは二人とも痴呆が進行していたので、介護しても何も覚えていませんから。
たまに帰ったときは、私は祖母を病院に連れて行ったり、見舞いに行ったりするようにしてました。
私自身のために。私自身が後悔しないために。これまでの感謝を込めて。
お墓参りも同じことです。死者の鎮魂ということもあるのでしょうが、それよりも今、生きている私たちが何を思ってお墓に参るかの方が重要だと思ってます。
その行為が、今の社会にどれだけ役立てることが出来るのか。
このご時勢、こういった話は日本中で起こっていますし、こういった話は他人事ではありません。
常に覚悟はしておこうと思ってます。
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